亀ヶ首発射場と倉橋島
もう1か月程前のことになってしまうのですが、1月10日に呉市倉橋島の長門の造船歴史館で開催されている企画展"亀ヶ首発射場と倉橋島"を観にでかけました。
日本遺産の構成文化財に
この企画展は"亀ヶ首発射場跡"が日本遺産"鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 ~日本近代化の躍動を体感できるまち~"の構成文化財として追加認定されたことで開催されました。
日清戦争がはじまると、海軍は兵器を国内で製造する必要性を認識し、呉で兵器の製造がはじまります。製造した兵器の発射試験を行うための場所が"亀ヶ首発射場"でした。
明治33(1900)年に"亀ヶ首発射場"のための用地買収が決まりました。最初は上資料にある場所だけでしたが、これから終戦まで亀ヶ首発射場は拡大を続けます。
拡大を続けた"亀ヶ首発射場"
明治時代は専用の試験砲設置にはじまり、海面を埋め立てて海軍用地編入、大規模な新設工事、発射試験時の空気の振動が激震だったなどのため設計変更などを行いつつ拡大を続けました。
大正、昭和も拡大を続けます。このテのことに興味がない方でも… といえば、亀ヶ首発射場では大口径砲弾(46センチ砲)試射のため、それまでとは異なる射線を用いるようになります。昭和7(1932)年、瀬戸内海に浮かぶ由利島に用地を購入し観測所を設置しました。
由利島の形に見覚えがあったりする方もいらっしゃるかも。
そう、鉄○ダッシュのダッシュ島です(Googleなどで検索して普通に出てくるので隠す必要もないのですが、いちおう○で(笑))。
“亀ヶ首発射場跡"、訪れるのはナカナカ容易ではありません。以前はなんとか陸地から訪れることもできていたようですが、今はより難しくなっているようです。船で訪れるツアー(?)などの案内もあったのですが、今どうなっているのかわかりません。一度訪れてみたいのですが、難しいかもな。
企画展会場はこんな感じでした
企画展の展示資料、それぞれに撮影禁止が記されていたので、撮影禁止が記されていないものは撮影可と理解したのですが、間違っていてはいけないので会場の様子のみ。
私たちが出かけた10日はNHKのローカルニュースで紹介されたはじめての週末。密を心配したのですが私たちの他に訪れていたのは2人だけ。やはりこのテの分野はニッチなのかもしれません(苦笑)。
参考文献など
- 日本遺産認定記念・長門の造船歴史館企画展「亀ヶ首発射場と倉橋島」呉市
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C06091290700、明治33年 公文備考 土木1巻27(防衛省防衛研究所) 9、14、22ページ目
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C10127395000、明治34年 公文雑輯 巻11 兵員 兵器1(防衛省防衛研究所)
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C06091803500、明治39年 公文備考 巻52土木1(防衛省防衛研究所)
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C06091806500、明治39年 公文備考 巻53土木2(防衛省防衛研究所) 23ページ目から
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C08021450700、大正8年 公文備考 巻93 土木14 (防衛省防衛研究所)
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C05022346100、公文備考 K巻12 土木建築 昭和7(防衛省防衛研究所)
- JJACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C05023185500、公文備考 昭和8年 K 土木建築 巻18(防衛省防衛研究所)
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