音戸坪井漁港のコンクリート船
2024年10月の三連休初日、10月12日は呉市音戸町にコンクリート船を観に出かけました。9月の三連休は安浦町にコンクリート船武智丸を観に出かけていましたね(笑)。
こちらは被曳航油槽船
武智丸はエンジンや操舵装置を持った自走できるコンクリート船でしたが、この音戸坪井漁港のコンクリート船は自走できない被曳航油槽船です… と、当然のように記していますが、この堤防のどこがコンクリート船かわかるでしょうか?
下の写真で"船"を意識してみると、わかるのではないでしょうか。陸地からの堤防を歩いていくと、先に陸地と平行になるような感じでコンクリート船が堤防になっています。写真左側が船首側です。ほらっ、意識して見ると、船にしか見えなくなります笑)。
この音戸で堤防となったコンクリート製被曳航油槽船がどこのものなのかはっきりしません。武智丸のページで記したようにこの海軍公報にある五隻のうちの一隻なのか、それとも日本船舶海洋学学会の論文にあるように同時期に逓信省海務院で建造されていたものなのか。どちらにしても、彼女自身終戦後80年経とうとするときに堤防として活躍してるとは想像すらしていなかったでしょう(凄)。
劣化が進んでコンクリートが一部崩壊
そんな堤防として活躍している彼女ですが、去年2023年11月に一部が崩壊してしまいました。下の写真、船の甲板部分にあたるところに板が敷かれているのがわかります。下の部分が崩壊しています。
この下の写真では上写真で板が置かれている部分、さっくりとなくなっているように見えます。また、これまでの写真を見ても、骨組み部分(コンクリート船で骨組みというのが正しいかはわかりませんが)が露出しており、ネットがかけられています。もちろん、立入禁止になっている点からもどれだけ危険な状況なのか想像できるわけですが。
この(コンクリート船の)防波堤は台風時の波から住民を守り、地元のカキ生産者が漁船を係留していました。今後どうなっていくのかはわかりませんが、建造時の用途からはまったく違う道で活躍している(あえて"した"と過去形にはしません)彼女のことを、もっと多くの方々に知ってもらえるといいな(^-^)。
そうなることで、この防波堤が今の形ではないどういう形であれ、地元の方々がより望む形で残ることができると思うので。
参考にした書籍など
- J-STAGE 日本船舶海洋工学会講演会論文集 第26号 2018S-OS1-8 コンクリート貨物船武智丸
- JACAR(アジア歴史資料センター) Ref.C12070450300、昭和18年1月.昭和18年12月 海軍公報(部内限)号外(防衛省防衛研究所) 1ページ目
- 「船」なのに防波堤? 戦時中の鉄鋼不足を伝える“コンクリート船” 劣化でついに一部が崩落【広島発】 / FNNプライムオンライン
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません